佐々木丸美「崖の館」

よく読んでいる宝塚ブログの過去ログでたまたま著者について触れられていたので、「面白い文章を書く人が影響を受けたというなら面白かろう」という単純な動機で、図書館で見つけたものを読んでみた。

閉ざされた崖の上にある洋館で殺人が起きるという「館もの」というジャンルのミステリーにあたるらしい。

私はミステリーに疎いので巧拙についてはよくわからないが、たいへん面白く読めた。特に最初の殺人の秘密を解く鍵となる「日記」が見つかってから、甘えっ子を自認するシンプルな性格の主人公が急激に成長する姿に感動する。

他の人の感想や後書きを読んだら「少女趣味的」と書かれていたのだが、世界観や自然の描写のほかに、この「いかにも平凡で(鈍感で)つまらない私」が主人公という点も少女小説的かなと思った。

一方で「聖女」の如く美しいまま死んだ従姉妹の人間性、その「完璧さ」もしっかり描かれており、存在に説得力がある。これを変に描写だけ真似すると自己陶酔の極みとなって「厨二」の誹りを免れないと思うのだが、教養によって感性が磨かれることに信念を持つ世代の力強さ、確かさを感じる。

青春は自分の外にある世界に触れ、目が開かれていく過程であってほしいと思う。しかし実際には優しくも賢くもない人間がウジャウジャしているわけで、悲しきかな、若人は暴力的に自己を破壊し侵略する世界を「現実」と思い込み「大人」になったような錯覚を得ていくことがあるわけで。

少女趣味的な小説ーー「清く正しく美しく」ではないが、不快で過激な描写も無いアプローチの正しさを確認するような本だった。

 

☆余談

ただ、書かれた時代が古いので、男女の役割分担的な描かれ方には引っかかりを覚える人もいると思う。

芸能人だったか、「かつて学生紛争のころ、男子学生口では人間の平等を解きつつ、炊事は平気で女生徒に押しつけてきて矛盾を感じた」と当時を語っていたのを思い出す。

この頃の学生は今とは比較にならないほど勉強する範囲が広く、思索を深めるという観点では知的レベルが大変高かったと思うのだが、そんな人たちでも肌感覚の差別意識にはなかなか目が向かない。

現代日本は差別意識もだいぶ改まってきたように思えるが、「言葉狩り」に代表されるような表面的な修正に終わっているところも多いと思う。

たまたま平和が続いたことで培われた「肌感覚の智」は「慣れ」の集合に過ぎない。職業差別や性的マイノリティーへの差別が多少なくなったところで、病気だの国籍だので差別しているなら、「差別意識」を本当に識っているとは言えない。むしろ昭和に比べると随分マシになったと自惚れていはしまいか。

などと、香港に異常に冷たいネット民の反応を見ていて思うのであった。

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