アルプスの少女ハイジ【フランクフルト編まとめ】

ハイジがスイスからはるばるドイツのフランクフルトに連れてこられてからの辛いお話。
22話からは一気に見ちゃったので、ここは一項目でまとめてやってしまおうと思います。
悲しい、切ないシーンが多いんですが、面白さで言うと前半よりやはりドラマチックでグイグイきます。
もうレビューっていうか感想です。ごめんなさい。

・これでもか

三千里のマルコほどではありませんが、ハイジも追い詰められます。
ハイジの無知、純粋さが災いする描写は原作以上かも。猫を勝手にもらってきたり、アルムとドイツの距離感を全くつかめてなかったり…お金がないと汽車に乗れないことも知らないしね。幼児じゃないので「教えられて初めて知る」わけじゃないんですね。原始的な世界が既にハイジの中に出来上がっちゃってて、それが文明とコンフリクトを起こしているレベル。
そんなハイジですから、ひとつひとつロッテンマイヤーさんから教えてもらってはいたけど、それが「社会」という概念にまで発展して理解しえたのかどうか。多分、最初はなんか面倒くさい情報としてしか入ってこなかったんじゃないかと思います。 初期のハイジの「奇行」はそのへんの齟齬からくるものでした。

・誰も救ってやれない

ロッテンマイヤーさんの評価は著しく低いものの、お医者様やゼーゼマンさんからはそこそこ好印象を持たれたハイジ。しかし、場所と出会いが悪かった。フランクフルトの大人たちにとっては「クララお嬢様が一番大事」なんですよね。最後の最後でお医者様が人類愛の見地からハイジを救い出してくれましたが、ゼーゼマンさんもおばあさまも、ハイジを山へ帰してやるという選択肢は見いだせなかった。
同情はできるし、出来る限りのことはすると口では言うけれど、結局は遠くから無事を祈ってくれる程度。「大人」って…つまらない生き物ですよね…。

・おばあさま

町一番に高い教会のてっぺんから探しても山を見つけられず、猫という都会の野生で慰めを得ていたハイジ。
猫を捨てられて、もうダメかと思いきや、おばあさまによって一時的に息を吹き返します。
ハイジは文字に興味を持ち、暇な時間をアルムへの空想で潰すこともなくなります。子供の興味を引くものから学ぶことを教えてやる、それもきちんと愛情をもって接している懐の深い人ですが、ロッテンマイヤーさんの怒りには火に油を注ぐばかり。
この人も奥様という「権威」があるから、好き放題出来るのであって、変革者ではないんですね。権力を濫用すれば、もっと色々なことが出来るんですが、立場をわきまえているからこそ、ハイジに現状で出来る範囲のことしかしてやれない。三千里のパパと同じで、「良識的な大人」の限界を感じる。
大枠を変えられないから、内的改革でなんとかしよう、「学び」で現状打破をしようって、自己啓発セミナーでもよくやってるけど、さすがに8歳児には難しかったんじゃないでしょーか。
この人がフランクフルトから離れる最後のセリフが「クララをよろしくね」だったのも、ハイジサイドで視聴する者としては辛いのでした。

・ついに病む

アルムを思う、心の自由だけは得ていたハイジでしたが、ついにそれもロッテンマイヤーさんに禁止されてしまいます。理由付けとしてクララの病が重くなるから…と言われたら、優しい(そして単純な)ハイジとしては自分を犠牲にせざるを得ません。なんかこのへん、日本人的感性ですね。原作のハイジはこんな抑圧的だっただろうか。
発現は夢遊病でしたが、今だったら鬱病診断が下りそう。

こうなるとハイジの「奇行」の性質もちょっと変わって見えてきます。ホームシック→逃避→病気へと進行しているような。ハイジ自身が空想に制御をかけられなくなっていき、そのピークからのアルム禁止令が相当ショックだったに違いありません。

・大人たちの思惑

幽霊騒ぎの真実がわかり、ロッテンマイヤーさんが諸悪の根源ということになりましたが、これを言った当のゼーゼマンさんがハイジをすぐ帰すのは沽券にかかわるとお医者さまに食いさがるのが妙にリアル。
この人、にくらしいほどバランス感覚に優れた大人ですよね。善良ではあるんだけど、自然に計算高くて、愛想が良くて、人付き合いもうまく商才もあると。
クララを愛しているのは本当だけど、病弱な娘に振り回されるでもなく、うまく丸め込んで出張する。おんじだったら、貧乏でもハイジの側にいることを願うでしょう。全く正反対なヒロインたちの保護者。
セリフの大仰な言い方が胡散臭くて、出る度にツッコミを入れてしまう(笑)

・帰ってきたわー!

幽霊騒ぎのあとは急転直下の展開。帰りの汽車だけで一話使ってますが、実際今でもフランクフルトからマイエンフェルトまでは1日がかりだそうな。 山が見えてくるシーンはハイジと一緒にじーんとします。
「山が嫌になったらいつでも帰ってきてくださいよ」と言うセバスチャンのセリフまわしは最高にいいし、それに素直に返すハイジの爽やかさがまた嫌味がなくて美しい。
美しいアルプス=心の清らかさ=ハイジそのもの!!

<大人の事情・こどもの事情>

フランクフルト編は割り切れない問題だらけ。
大人とこども、規律と自由、自然と都会。 もっと自然礼賛なお話かと思っていましたが、アニメのハイジが都会で向き合ったのは成長課題とも言えるもので、決して一方的に迫害されるという内容ではありませんでした。きっかけが不幸だったこと、すべてが急に強制されたことでムリが出てしまったんですね。
もしデルフリ村で同年代と同じように行儀作法や文字を覚えていたら、もう少し馴染めたでしょう。
そういう目で見ると、周りの大人にハイジの苦しみを分からないのも無理は無い。
「もっと準備の出来た子供」であったはずなんですよね。「普通」なら。

ロッテンマイヤーさんは完全に悪役ポジなんですが、大人になってみると共感はできなくても、理屈としてはあの行動原理がわからなくもない。
例えば拾ってきた猫がハイジが鼻の横を引っかいてしまうシーン。もし、クララが引っかかれたら――自分が仕事として預かっている、町一番のお嬢様だったらと思うと――ゾッとしますね(笑) 痕が残ったりしたら、もう目もアテられないじゃないですか! クビだよ!確実に!

また、善意はあってもハイジを救う力に限界があるのがゼーゼマンさんやおばあさま。
このへんの力関係や立場の違いでハイジが追い込まれていくのが、とても自然で、だからこそ辛く、面白いのでした。

私は子供の時分はアニメ「ハイジ」を見たことがなかったんですけど、大人になってから見ても本当に素晴らしい作品です。 引き続き、視聴を続けたいと思います。