ハイジ21話「自由に飛びたい」

ハイジ、ちょっと演技変わりましたね。なんか緊張しているというか、こわばっているというか、あえて声をはってる演技です。
特に空想のアルムで笑うシーンがあったのでギャップが感じられました。

前回もハイジはとんでもない子扱いでしたが、今回もロッテンマイヤーさんに否定されまくり。
自分がやらかした後始末をしているチネッテに手伝いを申し出ますが、「あたしの仕事を増やしてくれて」と無碍に扱われます。チネッテの言い方の感情のこもらなさが、いいですね。こいつ嫌いじゃないです。

また、今回は立場の違いによって意見や発想、生き方は違うということが強調されているので、 ハイジが一方的に可哀想な目にあっているというムードはありません。
山へ帰してやろうとカゴから出した鳥が空へ羽ばたいていくシーンが一見感動的なのも罠。ハイジの自然、おんじの正義が相対化されていきます。

実際、こんな話を見ていると、ハイジを無垢なままであれと育てたら、とんでもなく無知で不幸な女が出来上がる可能性大だな、などと思ってしまう。 おんじは学校を出て、選んでアルムにいるけど、おんじはハイジから人生の選択肢を奪おうとしているわけですからね。
まあ、とりあえず都会のネズミを「かわいいわよー」と素手で触るハイジはけっこう危険。…原作にはなかった描写よね?
なんかロッテンマイヤーさんやチネッテや女性陣が飛び上がって驚くというコミカルなシーンに気を取られてスルーしそうになるけど、インド育ちのセーラ・クルーだって手には乗せなかったのに…
ペストの歴史があるヨーロッパですからねぇ。奇行で済まされて良かったよ。

一方クララ、大人が悲鳴をあげて逃げるシーンでも、パニクらず、撫でろという無茶振りをよく上手に断った。特にそのあと具合が悪くなったフシもないし、この子は強くて賢い子です。クララがお人形や服を自慢するシーンに全然嫌味がないのもよい。

ハイジはおんじから教育の機会を奪われているわけですが、村の子たちと遊びたいと思えば山を降りていける足はある。
でも、クララはいろいろなものを持っているのに、自分で選んで行動する能力がないわけです。それでも、品の良さと優しさを保っているクララは偉いなあ。
この回はいろいろな価値観が交錯しながら、ラストにそんなクララの可哀想な境遇を思いやるハイジの気持ちに一気にまとまっていきました。ダメ押しのナレーションがGJ。

しかしハイジもドレスやお人形に興味あるのね。もしハイジが連れていかれたのがフランクフルトよりもう少しマッタリした、アルムに近い街だったら、山と行き来しながら普通に都会に溶け込んでいくリア充になったのだろうか。

むかしフェミニストのハイジ分析本を読んだことがあるが、原作は都会という現代社会で女性が抑圧され自然さを失っていく過程が描かれているのだということだ。スピリがハイジのインスピレーションを得たのはマイエンフェルトだというしな。近代児童文学に女性が多いのは、こどもという自然に近い生き物を捉えなおすことに、意義を見出した女性が多かったのかもしれん。

次回も楽しみです。