【ネタバレ】母をたずねて三千里

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【注意!】物語の核心に迫るネタばれがあります!【必読!】

<前置き>

母をたずねて三千里。
「赤毛のアン 」 などに比べると一見子供向けっぽく見えること、その割に「ハイジ」のようにわかりやすく明るいテイストでもないという、谷間にあるような作品。 名作の誉れ高き作品ですが、私は以前、朝の再放送では完走できず1クールで脱落した記憶があります。
この名作の見どころは、やはり50余話かけてつづる人間ドラマですので、画面やお話的にはリアルで、やや地味目。
忙しい時間に流し見すると、細部の大事な部分を見落としたり、話が展開するにつれて徐々に変化する登場人物の心の機微をつかめなかったりして脱落する可能性があります。
この作品は、ぜひ 集中して! 毎回じっくりと! 見ることをおすすめします。

</前置き終わり>

■まずはキャラクターから

・マルコ=ロッシ

主人公の男の子。明るく元気だけど、強情で頑固、情熱的だけど浮き沈みも激しい「ジェノバっ子」。根が真面目で正直なこともあり、道中、希望も絶望も、まっこうから引き受けてしまう性格が愛おしいです。 監督の方針からわざと「いわゆるいい子」に描かれなかったそうですが、むしろ自分を責めたり、他人に当たってしまう未熟さがとっても魅力的な少年だと思います。 こども、というより「ちいさな大人」なんですね。 近代、特にヨーロッパのお話には、よく大人以上に正義感にあふれ、責任感をもった「少年」が登場しますが、その匂いをマルコにも感じます。 もっとも、彼らはたいてい、ティーンネージャー。 10歳に満たないマルコには、彼らのような用心深さや狡猾さはありません。 まっすぐに主張して、行動して、ぶつかって、失敗を積み重ね、人の手をかりて、母をたずねて三千里をいくのです。

…そう、実は人の手をかりまくりなマルコ。ロバにまたがりポンチョをはおって一人荒野を行く、勇敢な、サバイバル能力がありそーなマルコは、OPからの間違ったイメージえす。…いや勇敢ではあるんだけど…気持ちだけでは現実に太刀打ちできない、そんな容赦ない厳しさをマルコと一緒に苦しむのが楽しい?「三千里」の世界です。

・お母さん(アンナ=ロッシ)

本作のひ…ヒロイン?(笑)
美人でたくましく優しく、料理上手で、馬にも乗れちゃう。マルコ兄弟はおろか、作中の誰も (アルゼンチンの最初の奉公先は除く) が「 気立てもよくてとってもいい人 」と崇めたて褒めたてまつられ愛されるスーパーヒロイン。
実は最初、この人いまいち好きになれなかったんですよね…完璧すぎて。それに、最初に登場してすぐ主人公と引き裂かれるから、マルコの妄想と思い出以外に本人が動いてる映像がまったくなくて「とりあえず素晴らしいお母さん」と頭で理解するしかなかったんですね。

しかし、見方が変わってくるのは2クール目、ブエノスアイレス編以降。特に「もうひとりのおかあさん」回以降でした。 母と同じ名前のアンナという女性をマルコが行きがかり上、看取るという話なのですが、そこで視聴者にとっても、マルコにとっても元気だったころの面影しかない、たくましいお母さんが病気になっているかもしれないという不安が現実味を帯び、興味がわいてきます。いったいアンナはどんなことになっているのだろう…。
ジェノバ編では、マルコの旅を牽引する女神のような存在でしたが、ブエノスアイレス編からは、行く先々で少しずつ「現実のアンナ」が 伝えられ、マルコが母に近づいていくように、我々視聴者も「実体のアンナ 」 へ距離をつめていくことができるのであります。

それが決定的になるのが、ラストも間際になって、ついに「現在のアンナ」が描写されるシーン。ここはびっくりしましたねえ…。
当初のたくましさ、明朗さがなく、痩せてうわごとを言うまで衰弱したアンナ。 アンナからの手紙が途絶えてから、マルコが心配を深めたように、アンナもまた、マルコたちからの手紙が届かなくなったことで、遠い家族の安否に不安を抱くようになっていたのです。病気を悪化させてしまうほどに。

一話では肩と腕がぶっとくて、美人とはいえ、いかにもオッカサンだったアンナ。ここではやせ細り、心残りにしていた家族のことで胸を痛める姿が描かれ、やっと、一人の女性としてのアンナがわかった気がしました。マルコとの再会直前、マルコがアンナを知る人から容貌が似ている、と言われるシーンがあるのですが…見た目だけじゃない、実はこの二人、中身がそっくりなんですね。
強気で我慢強く、情が深く、その分、自分を責めてしまうところまでほんとそっくり。マルコが母の安否を思うのと同じように、母もマルコを思っていた…会えない間もずっとつながっていた親子の絆を改めて認識させる、再会の感動が一層強くなりました。

ところで、再会のあとの母ちゃんは、服のせいもありますが美人になってませんかねえ。
お子ちゃまだったマルコが成長したことで、「オッカサン」らしさはわざと控えめにしたんでしょうか。

・フィオリーナ

ペッピーノ率いる、芸人一座の次女。薄幸の美少女。マルコの相手という意味では、本来のヒロイン。
登場当初は、さびしげで笑顔の少ない彼女。子守しか能力のない、家族のお荷物という自己評価の低さでしたが、ポジティブ思考時のマルコによってマリオネット使いとして開眼します。それまでは、友達になろうと言ってくるマルコにもいささか淡白な対応のフィオリーナでしたが、自分の価値を見出してくれたマルコにすっかり心を許して笑顔をみせるようになります。
フィオリーナはマルコと違って、自分を捨てた母親には複雑な気持ちを抱いています。しかし、おそらく二度と会えない母への思慕を自覚し、マルコの旅を応援することでその気持ちを肯定していくことになります。 「会いたいけど、会えない人への思慕」。マルコの気持ちの強さは、道中出会うさまざまな人の心や、郷里の父、兄、エミリオといった友人を動かすのですが、 特に境遇が似ているフィオリーナは、たとえ道中は一緒にできなくても、心はいつも一緒にいてくれているという意味で、やっぱり他の応援団とは違いますね!(ヒロインだしね!)。

ただ、描写が抑えめなもんで… ちびっことはいえ、こんなすごい心の結びつきがあるのに、カップル感は薄いです。道徳的に描写が抑えられてるっていうか…。なんかマルコってばいちいち「僕のともだちのフィオリーナ!」って他人に紹介するしね。 いや確かに、他に紹介しようがないけどさ。最初から友達になろうって言ってたしね。言ってたけど、お前からしつこくアプローチしてたくせによう、マルコってばよう。

宮崎駿が「マルコとフィオリーナがかけよっても抱き合わないのが嫌」ってハッキリ言ってるらしいですけど、そういうフラストレーションは正直、見ていてあります(笑) とはいえ、この距離感がカイカンのひとつでもあるんだよなー。
フィオリーナって、大声を出す子じゃないんですよね。 最終回でも、すごく静か。 そこがまた感動するんですけど。

そういえば、マルコって最後までフィオリーナの身長を抜かなかったですよね。フィオリーナは明らかにマルコのこと好きだと思うんですけど、マルコは恋とは自覚できなかったかもしれないな、という風情がこんなところからも感じられます。でもフィオリーナは将来のマルコの嫁だもんね!絶対!(次回書きます)

・ピエトロ=ロッシ

マルコの父。 マルコと全然似てない。

理性的で社会正義にあふれるインテリ親父。貧しく医者にかかれない人のための診療所を私財を投じて立ち上げたものの、経営に苦労し、騙され、その借金を妻に出稼ぎさせることで補填している人。マルコを医者にしたいと思っているが、理性的すぎてマルオの気持ちを汲み取るのが下手…とか書くと悪口みたいだけど、やっぱり志の高い人なんですよね。 アンナも納得ずくで出稼ぎしているので、非道なところは一切ありません。
おそらく自分のしていることをきちんと受け止めすぎていて、口にしてもどうしようもないことは黙っているというタイプ。
それがマルコからすると煮えきらなくて何考えてるかわからなく見えるわけですが。

現代日本人の道徳観から見ても非の打ち所のない良識的で立派な人で、マルコを旅に行かせまいとした理由もよくわかるんですがね。中盤以降ほとんど出てこないので、若干影が薄いです。
しかし終盤、貧しい人々へ医療を、というピエトロの思いが、マルコを医者にしたいという気持ちが、ストーリーを後ろからガッチリ支えるもう一つの柱だったと、気づいたときにゃあ…。 前半は「父さんのわからずや!」というマルコ視点にうっかり共感しかけますが、後半はこの、不在の父がいかに大きいかを知るのです…。

主人公の父親って、たいがいの物語では「冒険の邪魔」になるから扱い適当か、最初から死んでたりするんですけど、ピエトロの存在感は非常にリアルで、それ以上に偉大であります。

・ペッピーノ

フィオリーナを含め、三人娘ばかり抱えながら芸人をやっている、危なっかしいおっさん。
芸人という不安定な生活でもなんとかやっていけてるんだから、生活力があるといえばあるんだけど、夢追い人で、調子がよく、目先のうまい話に飛びつきがちで、でも人情はたっぷり、プライドはちょっぴり…というなんとも憎めない人。 ※でも妻には逃げられました

ダメ大人なところは確かにダメなのですが、芸人としての自己実現、安定した生活を娘達に与えてやりたいといった思いは本物。
ピエトロ父さんが観念的に正しい大人である一方で、ペッピーノは志だけではやっていかれない現実の中で戦う大人として、一つの正しい生き方ではないかなと共感するところがあります。
いや、もちろん マルコの旅を自分の出し物のネタに利用して、それに傷ついた娘達に責められたり、酔った勢いや金に目がくらんで口約束を結んだり、アレなところは多いんだけど、ペッピーノはいいところも悪いところも、外から見えるんですよね。本来支えるべき家族を働かせていること自体はピエトロとおんなじだけど、子供から見える分、納得度高いかなと。ピエトロの態度だと、当の子供からは「僕を子供扱いして!」と反発を招いてしまうという…まあ、子供が子供でいられる幸福を守ろうとしているわけですから…ピエトロが正しいんですが、ことマルコに関しては、ピエトロと正反対の性格のペッピーノから教えられたことが多いと思います。マルコのもう一人の父といえるでしょうペッピーノがいて、本当によかった。

 

・その他(←雑)

いい話、印象的なひとが多すぎて描ききれない…。

家族が分散することになった原因のメレッリおじさん、彼の人生を担保に金を融通するバイアブランカのドン。本当は船乗りではないのに、嵐の混乱を収めるために一芝居を打つ、平凡な爺さん(後にロサリオで再会し、マルコの道中にとって金銭的に最も救いとなる見せ場をもつ)、アルゼンチンでも移民より貧しく、辛い生活があることをマルコに伝えることになるインディオの兄妹、牛飼いの一団、などなどなどなど…

アニメ「三千里 」 は長丁場な割に、いかにもクライマックスになるシーンがあまりありません。視聴者ともども「揺さぶられる」のはストーリーの山場となるのは、母との再会付近。 そこまでは、「ゆらぎ」をひたすら主人公に与え続けるドラマが続きます。 どの出来事も、どの人々も忘れがたい人々。それはマルコと同じく、視聴者にも比べられないかけがえのない出来事なのです。

 

*余談*

見終えてから「BSアニメ夜話」の三千里回を見たら、進行の加藤夏希が「チキチータが欲しいと思った」と言っていて、それがとても素直な、当時の子供の感想という印象で非常に好感が持てた。作画監督の小田部さんもとてもうれしそうだった。 あの、とうもろこしの芯というゴミみたいに見えるもの(マルコもそう思ってしまう)を大事にお人形にしているというシーンは貧困の一描写かもしれないけど、「女児のリアルさ」として胸に迫るものがあった。あるかないかというレベルで感じられる目鼻の凸凹をとても可愛く見えているであろうフアナが、またとても可愛いし、そう見えるのがまたすごい。

「あれも、キャラクターなんです」という小田部さんの言葉がイイ…。

 

次は、できれば「印象的だった話」と「テーマについて」…書けるといいなぁ…。(いつになるかな…)